全国ホームホスピス協会ホームページ





ホームホスピス®は、病いや障がいがあっても最期までその人しく暮らせる「家」です。

 一般社団法人全国ホームホスピス協会は、ホームホスピス®のケアの基準を制定し、基準に基づいたサービスの評価・認定を行うことを活動の基本にしています。
 ホーム(home)には地域や家族という意味もありますから、私たちは住み慣れた地域の中にあるもう一つの「家」にケアを必要とする人々が暮らし、ホスピスケアのチームが入ってサポートする仕組みを「ホームホスピス®」と呼んでいます。

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われもこう竹熊さん日記

馬場くんも、とうとう帰る。

2016.4.29

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いつも一緒にいたおばあちゃんと最後の握手。
夜中に眠れない時、トイレの往復、全然嫌がらずに付き合ってくれました。
みんな、もっといてくれたらいいのに。
だけど、地震から2週間。そろそろ自立しなければ、と思い始めています。ただ、スタッフの自宅はまだ住めなかったり、引っ越し先を探していたりの状態です。
最初に園田先生が言って下さったように、最初はみんなの命を守る事に精一杯で頑張れるんだけど、だんだんボデイブローのように効いてくる感じです。
われもこうを続けるためにスタッフの生活も整えなければ。かくいう私の研究室、同僚の先生たちのおかげで、やっとパソコンの所までたどり着きました。片付けても片付けても終わりません。日頃の自分の生活を恨んでおります。家のタンスは倒れたままです。
GWには、また仲間が来てくれます。頑張る力が湧いてきます。

4月28日、木曜日

2016.4.28

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区役所に罹災証明書を取りに行きました。
住民票のある自分の家なら簡単に取れたのですが、ホームホスピスは借家です。
われもこうは、幸い2軒とも大家さんが一緒に住んでいるので、再度委任状を持って行くことで発行してもらえたのですが、大家さんとの関係を聞かれ…
事業所だと違う証明書になるらしい。
ハローワークにも、被災した事での何か税金の控除がないかと行ってみたのですが…
制度にない事は承知の上で始めたホームホスピスだけれども、ということは、制度に
は守られない事も多い。仲間がいないと、めげそうになる。この度、痛感。

佐賀からお坊さんたちが、たくさんの物資を持ってきて下さいました。
カップ麺に除菌タオル、ティッシュなどなど段ボールに二箱も。
なんでホームホスピスをご存知なのかは分からなかったのですが、ありがたくいただきました。

みんな、帰ってしまう〜

2016.4.28

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馬場くんが「明日、長野に帰ります。」とあいさつすると、失語のあるおばあちゃんが、馬場くんが部屋から出た後、ゆっくりしゃべって顔をクシャクシャにしました。
隣に座ってる松原さんは、「来る時は、いいけどね〜」
二人とも、認知症です。
西山くんが帰り、明日は馬場くん。また誰か来ないかなあ。
4月28日、地震から2週間。

かあさんの家檍の金子さん

2016.4.27

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宮崎から、駆けつけてくれました。

木下邸で働く馬場くん

2016.4.27

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今日は、木下先生の命日でした。築100年を越す先生のうちの灯篭が倒れていました。
でも、先生の近くのマンションは1階が潰れ、車はペシャンコ。
先生の家も土壁が崩れ、タンスが倒れ、物が散乱してました。
馬場くんがせっせと片付け夕ご飯をご馳走になってました。

最後のごあいさつ

2016.4.26

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わーん、さびしい。
西山くん、ありがとう!

西山くん、お別れの日

2016.4.26

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お庭で一緒にデイを待ってる所。
ちょっと、寂しい。
少しずつ日常に戻りつつあります。

馬場くん到着!

2016.4.25

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西山くんから申し送りしてもらいながら、非常食で夕食中。日向夏のデザート付き。

住人の孫たち

2016.4.25

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住人に紹介した直後、「今度の人は馬場さんていわしたばってん、前の人はなんだった?」
「にしやまくん」
5分後、繰り返し。^ ^
馴染んでます。
昨日から、お風呂が使えるようになりました。スタッフのとこは、まだまだのところがあります。

地震から10 日

2016.4.24

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われもこう新大江から避難してきた2人。同い年です。着替えを手伝ってくれてます。
要介護3と4。
とも暮らしって、こんな感じ。西山くんが見守って、写真撮ってくれました。

ボランティアの富田さん

2016.4.22

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地震から8日目
すっかり馴染んだボランティアの富田さん。
住人ご家族手作りの帽子が似合ってます。

少しずつ日常が戻りつつあります。

2016.4.22

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地震から1週間かなぁ?
久しぶりに気持ち良い晴れ間。まだお風呂には入れませんが、引きこもってばかりはいられません。
一番年長の幸子さんを庭につれだしました。
相手をしてくれているのは、様子を見にきてくれた理事の田口先生。
写真を撮ってくれたのは、ボランティアの富田さん。
スタッフは余裕がありません。
ボランティアに来て下さる方たちだからこそ、撮れる光景かなと思います。
1人暮らしの高齢者は地震後不安が強くなり、認知症が進んだと聞きます。
われもこうの住人は、みんなのおかげですっかり忘れてくれています。

タオルの贈り物

2016.4.22

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ホームホスピス宮崎経由で送られてきた愛逢からのタオル。
この薄さがいいんです。ボロ布とか聞いていたけど、未使用タオル。これはとても重宝します。
万が一余ったら、マジックでわれもこうって名前書いて、ご近所に配ろうかって言ってます。
あ、ボロ布も重宝するんですよ、兼行さん。
西山くんを送ってくれて、ホントにありがとうございました。

西山くん作

2016.4.22

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続々届く物資をキレイに仕分けして、こんなスペースを作ってくれました。

水曜日

2016.4.21

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宮崎から飛行機で博多、それから在来線を乗り継いで、熊本に入ってくれた市原さん。
大きな、重量オーバーのスーツケースには食べ物がいっぱい。

物資、キター!

2016.4.20

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たんがく樋口さん、福岡のミチルちゃん、ホームホスピスの仲間たちから物資が続々と届きます。
愛逢から来た西山くんが、せっせと仕分けしてくれてます。
住人用の介護食だけでなく、スタッフとその家族用の食料まで。本当にありがたい。
ボランティアの富田さん、西山くん、ご馳走は出来ないんだけど、せめて非常食を腹一杯食べて〜。

こんな時だからこそ

2016.4.19

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こんな時だからこそと、活動してくれるデイサービス。
スタッフが被災しているのはどこも一緒。
風呂入ってないのも、みんな一緒。

診療所の先生のとこ

2016.4.19

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われもこうに来て下さる先生のとこも被災。外で青空診療しながら、訪問に来てくれました。看護師の奥様と。
先生!一緒に頑張ろう!

フレンチトースト

2016.4.19

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風呂には入れないけれど。
腹が減っては、なんとやら。
優雅にコーヒーとフレンチトースト。余震はまだ続いてます。

だけど、スタッフが被災している状況が少しずつ分かって来て、ケアしてるスタッフ
が避難先や車中からやって来てます。

地震直後のわれもこう新大江2 階

2016.4.19

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書庫が倒れました。誰も怪我しなくて良かった!

地震直後のわれもこう新大江

2016.4.19

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サッシが外れてしまいました。
誰も怪我しなくて良かったけど…
どうしよう…

竹熊研究室おまけの写真

2016.4.19

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ちゃんと片付けてなかった私が悪いんです。反省してます。
しかし、もう片付ける気にもならない。

松本さんと古野さん

2016.4.19

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直後に駆けつけてくれたホームホスピス和の松本さん。神戸から博多まで新幹線。
そこから木星舎の古野さんの車を借りて熊本まで大渋滞の中やって来てくれました。
袋、食料持参。水がないことを知って、古野さんとヒノキチオールエキスの使い捨て清拭タオルを仕入れて来てくれました。
夜、古野さんがガーリックフランスパンをフレンチトーストにしてくれました。
美味しかった!

2回目の地震から2 日後

2016.4.19

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まだ水出ません。だけど、渋滞の中わざわざ持って来てくれた食料で、こんな立派な食事が出来ました。
電気は使えるので、電子レンジは使えます。
たんがく樋口さん、養生園のかずしくん一家、たくさんのお水運んでくれて、本当にありがとう!水を使わなくていいように、調理済のカレーや芋の煮物、カットした野菜などなど、たくさん、たくさん、ありがとう。

避難先の老人ホームで一晩過ごした朝です。

2016.4.17

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明け方、われもこうの住人はやっと静かに寝て、徳澄さんはぐったり。広い広いホームの長〜い廊下。
40数人の入所者に夜2人?。ものすごく静かでした。誰も廊下に出る人もいません。
9時に消灯の放送があって、各部屋の鍵確認に回られてました。
イレに起きるのは、われもこうの住人ばかり。
認知症のおばあちゃんに添い寝のつもりが、私にキレイに毛布かけてくれて、トントンと寝かし付けて、私を乗り越えて出て行かれました。
徳澄さん、役立たずの私をお赦し下さい!

2回目の地震の翌日

2016.4.16

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近くのデイに交渉して交渉して、やっと避難を受け入れていただきました。われもこうの住人8名。スタッフ2名付き。
デイの隣の同法人、養護老人ホームにベッド8つ、しっかり用意してくれました。介護食まで。一晩だけでしたが、その間に地域の人たちが、われもこうの住人のために給水場所を教えに来てくれたり、安否確認の電話入れてくれたり、水俣のビハーラからわざわざ水と食料持って来てくださったり。そんな事を見て、私たちがおいとまする時は法人の代表の方が、丁寧にあやまられました。
「地域との交流って、こういうことなんですね」って。
避難する場所をお願いした時は、「責任が取れない」「他施設からの受け入れでいっぱい」と何回も断られたんですけど。
8人が緊張しつつ、居候してるとこ。

1回目の地震直後

2016.4.14

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われもこう薬師の二階
今考えるとまだ余裕

1回目の地震直後

2016.4.14

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まだ余裕がありました。
この日から2日後、悪夢のようでした。部屋のドアも開きませんでした。